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祈りは、あなたの人生を動かす力です。

見えない不安や悩みを整え、人生の流れを良き方向へと導きます。

加持祈祷による開運祈願・病気平癒など、あなたの願いに寄り添い、一つひとつ心を込めて丁寧にご祈祷いたします。

金栄山芳蔵院について

金栄山芳蔵院は東京都北区にあるお寺です。金峯山修験本宗のお寺として、修験道の祈りを現代に伝えております。

本尊には蔵王権現をはじめ、

不動明王、神変大菩薩、
吉祥弁財天、如意宝珠、釈迦牟尼仏をお祀りし、
皆さまの願いに寄り添い、日々祈願を行っております。

修験道とは

修験道(しゅげんどう)とは、日本古来の山岳信仰を基盤に、仏教・神道・陰陽道などの要素が融合して形成された、日本独自の宗教的実践の道です。

修験道においては、「山そのものが神仏の世界」とされ、山中での修行は神仏と直接向き合う尊い行とされています。
自然と一体となり、祈りを深め、心を整えていく修行の道です。

修験道の実践者は「修験者」または山伏と呼ばれ、山での修行を通して精神を鍛え、祈りの力を高めてきました。

その起源は奈良時代にさかのぼり、修験道の開祖役行者は、山岳修行によって修験の道を開いた人物として広く知られています。

長い歴史の中で、修験道は人々の祈りの拠り所として受け継がれ、
開運・厄除け・病気平癒など、さまざまな願いを支える信仰として、今もなお生き続けています。

山伏と修験道の祈り

山伏(やまぶし)とは、日本の伝統的な修行者であり、修験道を実践する人々のことをいいます。

古来より、「山は神仏が宿る聖なる場所」とされ、山に入り自然と一体となる修行を通して、心身を鍛え、祈りを深めてきました。
その修行は、自然の中で自らの心と向き合い、迷いを払い、祈りの力を磨く尊い行とされています。

一方で、その歩みは山中の修行にとどまらず、日々の暮らしの中においても実践され、心を整える生き方として受け継がれています。

自然と向き合い、己と向き合う中で培われた祈りは、開運・厄除け・病気平癒など、人々の願いに寄り添う力として、お大切に伝えられています。

ご挨拶

金栄山芳蔵院のホームページをご覧いただき、誠にありがとうございます。

日々の暮らしの中で、ふとした不安や迷いを感じることは、どなたにもあるものです。
誰にも言えない思いや、心の中に抱えた悩みで、少し疲れてしまうこともあるのではないでしょうか。

そのような時、祈りはやさしく心を整え、そっと前へ進む力を与えてくれるものです。

私は山伏としての修行を通じて、自然と向き合いながら、自分自身の心と静かに向き合い、祈りを深めてまいりました。
その祈りの力をもって、
お一人おひとりのお気持ちに寄り添いながら、丁寧にご祈祷をさせていただいております。

祈りの時間が、少しでも心を軽くし、安心や穏やかさにつながるひとときとなれば幸いです。
皆さまとのご縁を大切に、心を込めて祈願いたします。

皆さまの毎日がやさしく、あたたかな光に包まれますよう、
心よりお祈り申し上げます。

​                         住職 宮原照貫

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御本尊 金剛蔵王権現について

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御本尊・金剛蔵王権現は、約1300年前、修験道の開祖である役行者神変大菩薩の命をかけた祈りの中から、この世に顕現された特別な御仏です。

役行者は、日本各地の霊山を巡り、人と自然、そして神仏とが響き合う道を求め続けました。やがて熊野から大峯の険しい峰々を越え、吉野の奥深くへと至り、大峯山山上ヶ岳にて、千日にも及ぶ厳しい籠山修行に入られます。

その祈りは、「苦しみの中に生きる人々を、真に救い導く御力をこの世に顕したい」。その切なる願いに応じ、はじめに現れたのは、釈迦如来、千手千眼観世音菩薩、弥勒菩薩という三尊の御仏でした。
しかし、そのあまりにも穏やかで慈しみに満ちた御姿に、役行者はなお思いを深められ。

「このままでは、激しく迷い苦しむ衆生を導くには足りない」

そうしてさらに祈りを極めたその時、天地は大きく揺れ、山上の巨岩が裂け、雷鳴とともに現れ出でたのが、忿怒の形相をもって衆生を導く金剛蔵王権現でありました。

それは怒りの姿でありながら、真の本質は“救いそのもの”。
柔和なる三仏が、その慈悲をより強く働かせるため、あえて厳しき忿怒の相へと転じた御姿と伝えられています。

役行者は、この御姿こそ末法の世に生きる人々の拠り所であると悟り、山桜の霊木にその尊容を刻み、御本尊としてお祀りしました。ここに修験道の根本信仰が生まれました。

「権現」とは、目に見えぬ神仏が、人々を救うために姿を変えて現れる“仮の御姿”を意味します。
金剛蔵王権現はまさに、慈悲が極まった時に現れる“厳しき慈しみ”の象徴といえるでしょう。

全身を覆う青黒い御色は、すべてを包み込み、受け入れる深い寛容のしるし。
その忿怒の奥には、どのような過ちをも全て許す「恕(じょ)」の心が宿っています。

それは、我が子を想い、時に厳しく叱る父母の愛にも似ています。
「迷いの闇を断ち切り、正しき道へと力強く導く」

金剛蔵王権現は、恐れの仏ではなく、“救い切る覚悟を持った慈悲の仏”として、今もなお多くの人々の心の拠り所となっています。

役行者とは

役行者は、修験道の開祖として仰がれる実在の人物であり、日本の正史である続日本紀にもその名が記されています。

伝承によれば、舒明天皇6年(634年)正月元旦、現在の奈良県御所市茅原の地にお生まれになりました。幼少より才知に優れ、世の乱れや人の苦しみに深く心を痛められたと伝えられています。

やがて俗世を離れ、葛城山に入り、厳しい修行の道へと進まれました。その後も各地の霊山を巡り、人と自然、そして神仏の調和を体得する道を切り拓かれます。

さらに熊野から吉野・大峯の峰々へと歩みを進め、最後には大峯山山上ヶ岳にて千日に及ぶ参籠修行を成し遂げられました。

その極限の祈りの中で感得されたのが、金剛蔵王大権現であります。役行者は、その尊い御姿を山桜の霊木に刻み、山上ヶ岳と吉野山の地にお祀りされました。これが修験道のはじまりと伝えられています。

その生涯の終焉については諸説あり、大宝元年(701年)6月7日、箕面の山中より天に昇られたとも、あるいは遥か天竺の地へ渡られたとも語り継がれています。

没後およそ1100年にあたる寛政11年(1799年)には、光格天皇より「神変大菩薩」の諡号を賜り、その霊験あらたかな御徳が広く称えられました。

役行者は、ただの修行者ではなく、自然と一体となり、祈りによって人々を救おうとした“行の人”であり、“祈りの原点”そのものともいえる存在です。

その足跡は今もなお、日本の山々と人々の心の中に息づいています。

ご祈祷のご案内

日々の暮らしの中で、
誰にも言えない不安や迷い、心の揺らぎを感じることはありませんか。

そのような時、祈りの時間は、やさしく心を整え、本来の自分へと戻る

大切なひとときとなります。

当院では、山伏の修行によって培われた祈りをもって、お一人おひとりの

お気持ちに寄り添いながら、丁寧にご祈祷を行っております。

開運祈願・運気向上
良き流れとご縁に恵まれますようご祈願いたします。

合格祈願・試験成功
心を整え、本来の力が発揮されま
すようご祈願いたします。

病気平癒・回復祈願
心が安らぎ、穏やかに過ごせますようご祈願いたします。

身体健康・健康祈願
心身ともに健やかに過ごせますようご祈願いたします。

上記のほかにも、

・厄除け
・良縁成就
・家内安全
・商売繁盛
・心願成就 など

ご祈願を承っております。
どうぞお気軽にご相談ください。

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